斉藤(旧姓:鹿倉)丑松は、大正元(1912)年茨城県に生まれ、海軍軍楽隊でホルン奏者の傍ら作曲家として活動し、生涯で51曲の行進曲を書き上げました。 日本らしい郷愁感と「うたごころ」豊かな旋律を行進曲に取り入れ、勇ましくも優美な名旋律を数多く遺し、日本の吹奏楽文化を世界的水準までに底上げした、まさに「日本のマーチ王」として顕彰すべき大作曲家です。 スーザ、アルフォードらに勝るとも劣らない「鹿倉節」の旋律は、歴史に埋もれながらも長く人々を魅了し続けています。
12月24日、茨城県猿島郡新郷村(現在の古河市)に鹿倉浅之丞の四男として生まれる。
海軍軍楽隊に入隊。東京音楽学校へ練習生として派遣されるなど研鑽を積む。1935年に処女作「空軍の威力」を発表し、帝国海軍軍楽隊のエースとしての地位を確立。
大行進曲「大日本」を作曲。これが歴史上最初の吹奏楽コンクール課題曲として選定される。
大田区久が原で音楽教室「アイリス音楽院」を開き、教育活動に尽力。また、航空自衛隊のためにマーチ「ブルーインパルス」を作曲するなど、活動の幅を広げる。
1月に最後の作品となる行進曲「あこがれの海」を完成させる。同年6月4日、高知県土佐清水市にて81歳の生涯を閉じる。
全日本吹奏楽コンクール第1回大会の課題曲。重厚かつ威厳に満ちたマーチであり、日本の吹奏楽史における金字塔とも言える作品。
「愛国行進曲」をトリオに組み込んだ作品。力強い吹奏楽の響きと厳かな曲調のバランスが絶妙で、数々の公式行事で演奏された。
航空自衛隊のために作曲されたスタイリッシュで爽快なマーチ。空を舞う曲技飛行隊の姿を見事に音で表現している。
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